2010年01月02日
三線も、ちょっとずつ…
実を言うと会津は、一五一会を始めた頃にはまだ、三線や島唄にはあまり興味がありませんでした。
一五一会を始めた当初の動機は、(詳しくは別記事で)「自分のオリジナル曲をラクに伴奏したい」でしたから。
それでも、一五一会〜BEGIN〜『オモトタケオ』〜島唄全般…という順序で、だんだんと三線そのものが関わる音楽にも興味を持つようになりました。
……んで、最初の楽器は、ライブの時になんと2万円もチップをくれた大変な方がいらっしゃって、突然もらったお金だったので使い道の予定はなく、……ならば「そのうち」と思っていた三線を買っちゃえ、と思って、「沖縄三線のてぃだ屋」から「初心者セット」を送ってもらったのでした。
本体は人工皮、棹はたぶん沖縄県外産。
2万円のおかげでセミハードケース付。
(写真、今は「大島弦」が張ってあります)
それでちょろっとだけ弾いてみたりするようにはなりましたが、所詮「参考程度」という意識は抜けず、「一応工工四が僅かに読める」程度にしかなりませんでした。
まあ『安里屋ユンタ』くらいは弾ける?ようにはなったけれど……
「弾ける」っていう判断も、かなり主観的なものなんだな、と後に思うようになります。
あ、この楽器にはまだ名前付けてなかった。
「てぃだ屋1号」と、今名付けました(笑)
つづく
一五一会を始めた当初の動機は、(詳しくは別記事で)「自分のオリジナル曲をラクに伴奏したい」でしたから。
それでも、一五一会〜BEGIN〜『オモトタケオ』〜島唄全般…という順序で、だんだんと三線そのものが関わる音楽にも興味を持つようになりました。
……んで、最初の楽器は、ライブの時になんと2万円もチップをくれた大変な方がいらっしゃって、突然もらったお金だったので使い道の予定はなく、……ならば「そのうち」と思っていた三線を買っちゃえ、と思って、「沖縄三線のてぃだ屋」から「初心者セット」を送ってもらったのでした。
本体は人工皮、棹はたぶん沖縄県外産。
2万円のおかげでセミハードケース付。
(写真、今は「大島弦」が張ってあります)
それでちょろっとだけ弾いてみたりするようにはなりましたが、所詮「参考程度」という意識は抜けず、「一応工工四が僅かに読める」程度にしかなりませんでした。
まあ『安里屋ユンタ』くらいは弾ける?ようにはなったけれど……
「弾ける」っていう判断も、かなり主観的なものなんだな、と後に思うようになります。
あ、この楽器にはまだ名前付けてなかった。
「てぃだ屋1号」と、今名付けました(笑)
つづく
Posted by さとばな at 15:25│Comments(0)
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